人が生きていく上でもっとも重要なことはなんでしょうか。
食べること,飲むこと,寝ること…。生活する上で欠かせない生理的欲求,それと同じくらい私たちが生きていく上で大切なものが「愛着(アタッチメント)」だと言われています。愛着(アタッチメント)は非認知能力を伸ばすための土台でもあります。
「愛着ってなんか聞いたことあるけどどういうこと?」
「愛着と愛情って何が違うの?」
「愛着を育むにはどんなことを気をつけたらいいの?」
そんな疑問にわかりやすく丁寧に解説をしていきます。非認知能力の基礎となる「愛着(アタッチメント)」について学んでいきましょう。
Contents
愛着(アタッチメント)とは
生理的欲求はもとより,人が生きていく上で欠かせない要素としてあげられるのが,愛着(アタッチメント)です。愛着というと「この道具には愛着がある」とか「勤めている会社に愛着を感じる」など,日常用語では無機物や概念的なものに対しても使われる用語です。
心理学における愛着は日常用語とは異なり,人と人の特別な結びつきを指す言葉です。ものなどの無機物に対しては心理学では使われません。日常用語と区別するために最近では,元々の「アタッチメント」をそのまま使う場合も多くなりました。愛着とアタッチメントは同じものです。
アタッチメントにはもともと「くっつく」という意味があります。心理学の愛着(アタッチメント)も同じく,”人と人がくっつく状態”を指していました。特に不安や恐怖といったネガティブな感情を感じた時に,人とくっついて回復を図るための欲求や行動を愛着(アタッチメント)と言います。
静岡福祉大学子どもが学部の上野永子先生は,愛着を次のように説明しています。
アタッチメントとは、なんらかの危機的な状況にであったり、「危険なのではないか」と感じたりしたときに生じる恐怖や不安といった落ち着かない感情を立て直すために、誰かに「くっついて、安心したい」という思いで、実際に近づいていこうとすることです。 上野永子・岡村由紀子・松浦崇 2022. 保育とアタッチメント-幸せな人生につながる土台づくり. ひとなる書房 pp8
心理学辞典(有斐閣)では,
特定の対象に対する特別の情緒的結びつき
と説明されています。特定の対象とは,多くの場合子どもが世話を受ける養育者です。子どもがお世話を受ける人全般を指し,お母さんやお父さんに限定されるものではありません。
愛着と愛情の違いは?
愛着と似た言葉に「愛情」があります。どちらも”愛”という言葉が入っていて,なんとなく子どもに対して愛することなのかなという気もしますが,どうなのでしょうか。
愛着(アタッチメント)研究の第一人者である東京大学の遠藤利彦先生は,
愛情と愛着は受ける印象が似ていますが,その意味は違います。 遠藤利彦 2017. 赤ちゃんの発達とアタッチメント 乳児保育で大切にしたいこと. ひとなる書房 pp.59
と書かれています。愛着と愛情は厳密には異なるものなのです。
愛情は「特定の他者に向かい,その他者とつながれることを喜びとする」気持ちをさしますが,愛着(アタッチメント)は「特定の他者とくっつくこと」をさします。
さらになんらかの危機に接した時(または危機が予想されるとき)に生じる不安や恐れといったネガティブな感情を,特定の他者にくっつくことで調整しようとする欲求や実際のくっつく行動をさして愛着(アタッチメント)と呼びます。
愛情がいつでも常に子どもに傾ける思いであるのに対して,ネガティブな感情を元通りに調整しようとする欲求や行動が愛着(アタッチメント)です。
愛情が親からの発信(子どもから親への愛情もありますが)であるのに対して,愛着(アタッチメント)が子ども主体の欲求や行動であるのも違いの一つです。
では,愛着(アタッチメント)が生きていく上で欠かせないと言われているのはなぜでしょうか。
愛着が人生に不可欠な理由|非認知能力の基礎
愛着(アタッチメント)が生きていく上で不可欠な理由は,ずばり「愛着(アタッチメント)生きていくために必要とされる能力の大部分に影響を与える」からです。
特に非認知能力の発達には大きな影響を与えます。感情調整,自己肯定感,好奇心,自制心,コミュニケーションなどの能力は愛着と相互に影響し合いながら発達していきます。
愛着の影響が特に大きな非認知能力|「基本的信頼感」「自律性」「共感性」
愛着(アタッチメント)は子どもの感情調整のための機能のひとつです。愛着(アタッチメント)の作用の仕方には,「調節・立て直し」と「調律・映し出し」という2つがあります。この2つの作用が非認知能力の中でもとくに,「基本的信頼感」「自律性」「共感性」を育むのです。
(参考:遠藤利彦 2017. 赤ちゃんの発達とアタッチメント 乳児保育で大切にしたいこと. ひとなる書房 pp.74-78)
「調節・立て直し」とは,恐れや不安を元通りに回復させることを意味します。例えば,子どもが転んだときに泣き叫びながら親を呼び,親に抱きしめてもらうことでまた元気になるといったものです。
自分以外の人を通じて恐れや不安感情を調節し立て直すという経験を積み重ねることで,他者への基本的信頼感や自律性を育んでいきます。
もう一方の「調律・映し出し」とは,そのときの感情に一緒に寄り添うことを意味します。転んだ子どもに対して「痛かったねぇ」といいながら,眉を下げながら親も少し悲しそうな顔をするなど,子どもの目線に立って同じ感情に寄り添うといったものをさします。この経験を通して,子どもは共感性や心の理解能力を伸ばしていきます。
そのほかの研究でも愛着(アタッチメント)の安定性は子どもの成長にポジティブな影響を与えることが知られています。
愛着の安定がその後の成長に影響する
ミネソタ大学は1970年代に長期的な親子の調査を行いました。研究によると,1歳の段階で母親との安定した愛着(アタッチメント)を示した子どもはそうでない子と比較して,その後の成長に次のような傾向がみられました。
- 幼稚園:注意深く物事に集中することができる
- ミドルスクール:好奇心とレジリエンスが強い
- 高校:中退率が低い
乳幼児期に形成された愛着(アタッチメント)は,その後の人生においても大きな影響を受けるものなのです。次は,生涯にわたる絆=愛着(アタッチメント)の形成過程をみていきましょう。
愛着の形成過程
愛着(アタッチメント)は,子どもと養育者がお互いに働きかけ合いながら関係性が形作られていきます。
赤ちゃんはお腹が空いたとき,オムツが濡れて不快なとき,寂しいとき,怖かったときに大きな声で泣いて周囲の大人に訴えかけます。泣き声を聞いたらお母さんなど周囲の大人は赤ちゃんのそばに近寄って声をかけます。「お腹すいたのかな」「ミルク飲みたくなったんだねー」など。赤ちゃんは自分が訴えていた欲求が解消されると落ち着いて泣き止みます。不安や恐怖,不快といった感情が解消しました。
ネガティブな感情→泣く(シグナルを発する)→大人が働きかける→感情の回復というサイクルを繰り返して,子どもと大人の間に情緒的な特別な関係性がつくられていきます。
このときの関わり方は「愛着の個人差」となって行動などの違いとして現れます。
愛着の個人差について詳しくは「愛着(アタッチメント)の個人差とは?4つの愛着スタイル」も参考にしてください。
子どもが成長してくると,悲しいときに抱きしめてもらうといった具体的な接触を伴わなくても,親の存在を感じられるだけでも不安感の解消ができるようになってきます。
乳幼児期に形成された愛着(アタッチメント)は親子間の関係性だけにとどまりません。子どもが小学生になった学童期以降の友人関係の中でも影響を受け少しずつ変化していきます。次第に子どもは感情の調整を親を頼りにするのではなく,親しい友人や恋人との間の関係性へと広げていきます。そして,次は自分の子どもへと愛着(アタッチメント)関係をさせていくのです。
その過程で一番初めに形成された養育者との愛着関係は,全ての人間関係の雛形として機能していきます。愛着(アタッチメント)は子どもの頃だけに限るものではないのです。
愛着形成のために重要な時期
赤ちゃんが生まれて直後はまだ特定の相手に対する愛着関係はありません。最初の頃は相手を選ばずに子どもはシグナルを発します。
ところが,生後6ヶ月をすぎた頃ぐらいから子どもはシグナルを発信する相手を選択していきます。いわゆる「人見知り」が始まる頃です。
無差別に向けられていたシグナルを特定の養育者だけに絞り込んで,より情緒的な関係性を築いていくのです。この時期から2〜3歳ごろまでに愛着(アタッチメント)の対象は一定の安定性を持つようになります。
2〜3歳ごろまでに親などの養育者との間に安心できる関係性ができるかどうかが愛着の形成には重要です。
愛着が非認知能力を高める理由
子どもは自分のために必要な経験を自分で選択し,成長していく力を持っています。この力を自己教育力といます。
自己教育力を存分に発揮するためには,子どもが環境と関わり合って吸収していくことが必要です。子どもにとってはこの世界は知らないことだらけ。未知の世界を冒険しながら子どもは成長します。
子どもが未知の世界でも安心して冒険していくために必要なのが愛着(アタッチメント)です。
未知の世界では,何が起こるかわからない。何が起こるかわからない,予想がつかないという状況は大人でも不安ですよね。
例えば,初めて公園に行ったとき。知らないところに来てしまった…。この公園は安全な場所なのか…。見たことのないアレ(遊具)はなんだろう…。知らない人がいっぱいいるけど大丈夫かな…。子どもは無意識ながらも新しい場所に対する好奇心と不安感を一緒に抱えています。
不安を抱えながらも子どもは大人の方をチラッと見て,公園に一歩を踏み出しました。少し遊具に向かって歩いていくと,また大人の方を振り返ります。楽しそうなすべり台まで辿り着きましたが,すべり台をのぼることはなく大人のそばに帰ってきます。しばらくすると,またすべり台のほうにかけよって今度はすべることができました。満面の笑顔で大人の側まで帰ってきます。
子どもは新しい場所に挑戦するとき,楽しそうだなと予想しながらも不安を抱えています。不安を抱えながらの挑戦は心のエネルギーを使います。この不安に立ち向かう心のエネルギーを回復するために,子どもは愛着関係のある大人のそばに来て安心を得るのです。これを”安全基地”といます。
「安心感の輪」で子どもの挑戦が広がる
子どもは”安全基地”でエネルギーを回復しながら,自分が挑戦できるテリトリーを広げていいきます。”安全基地”をベースにした探検と避難によってテリトリーを広げていくサイクルを「安心感の輪」といいます。
大人が”安全基地”としてそばにいてくれることで,冒険先でもし失敗したり,恐怖を感じたりした時も子どもは「自分は大丈夫!」と思うことができます。大人のいる安全な場所に戻ってくれば守られ,慰めてくれる,気持ちを受け止めてくれる。「お母さん,お父さん,この人がいれば安心!」と思える人がそばにいれば子どもの挑戦はどんどん広がっていきます。
心理学者のスピルバーガーは「人は常に情報や刺激に対して好奇心と不安を共存して持っている」,不安よりも好奇心の方が優位に立てば人は探索行動を起こすと説明しています。反対に好奇心よりも不安が大きい場合には,気になるものがあっても人は行動を起こしません。(参考:Spielberger, C. D., & Starr, L. M. (2012). Curiosity and exploratory behavior. Motivation: Theory and research (pp. 231–254). Routledge.)
好奇心は子どもの成長を支える柱です。その柱を支える安心感の基礎となるのが愛着(アタッチメント)なのです。子どもが新しい経験や学びを得るには,好奇心を刺激するだけではなく不安感を取り除いて安心できるような場を用意してあげましょう。
好奇心について詳しくはこちらも「子どもの非認知能力を伸ばすには?親が知っておくべき『好奇心』の重要性と育て方」
愛着は非認知能力の基礎となる
ここまで見てきたように愛着(アタッチメント)はさまざまな非認知能力の基礎になります。
京都大学大学院の森口佑介先生は,著書「子どもの発達格差-将来を左右する要因は何か」にて,「自分や他者と折り合いをつけるモデルの中核には愛着(アタッチメント)がある」と,愛着(アタッチメント)の重要性を指摘しています。
様々な文献をみると,これ(愛着)は外せないという印象を持っています。
森口佑介 2021. 子どもの発達格差-将来を左右する要因は何か. PHP新書 pp.114
※()内筆者による
お母さんやお父さん,養育者への信頼感が自分についての考え方や他者への考え方にも影響を及ぼします。自分についての考え方は自己に関するスキル(実行機能)の基礎となり,他者への考え方は他者や自他関係に関するスキル(他者理解・向社会的行動)の基礎となります。
愛着(アタッチメント)がベースとなって「折り合いをつけるスキル」に影響することを,森口先生は次のように書かれています。
つまり、乳児期に形成されるアタッチメントが基盤となり, 乳児期から幼児期にかけて他者への信頼が形成され,自分や他者と折り合いをつけるスキルに影響与えることになるのです。
森口佑介 2021. 子どもの発達格差-将来を左右する要因は何か. PHP新書 pp.119
愛着(アタッチメント)は信頼感を元に形成されていきますが,その愛着(アタッチメント)を元に自分や他人と関わるスキルも発展していくのです。
愛着形成が不十分だと非認知能力は発達しない
親子の愛着形成が不十分だと非認知能力の発達を阻害することが知られています。
かつて東欧のルーマニアにチャウシェスクという国家元首がいました。彼は人工妊娠中絶や離婚を禁止し多産を極端に奨励する政策を実行しました。その結果,ルーマニアの人口は増えた代わりに,貧困と育児放棄により大量の子どもたちが養護施設に引き取られる事態となったのです。その数は政権崩壊当時で10万人にも及んだと言われています。
ルーマニアは当時財政難に喘いでおり,養護施設の環境も劣悪で支援も十分ではありませんでした。10万にも及ぶ人数の子どもを相手にするには施設職員の数も足りておらず,十分なケアも行き届かない,ネグレクト(育児放棄)に近い状態だったのです。当然,豊かな愛着関係は築くことができません。
メリーランド大学の研究グループがこの施設で育った子の発達過程の追跡調査を行いました。(参考:McDermott, J. M., Westerlund, A., Zeanah, C. H., Nelson, C. A., & Fox, N. A. (2012). Early adversity and neural correlates of executive function: Implications for academic adjustment. Developmental Cognitive Neuroscience, 2, S59–S66.)
対象の子どもを2つのグループにわけ,里親に引き取られて養育を受ける子とそのまま施設で暮らす子の実行機能を比較しました。その結果,施設でそのまま暮らす子よりも里親に引き取られて養育を受けた子の方が高い数値を示しました。
さらに里親養育を受けた子と初めから養育者のもとで育った子を比較すると,里親家庭の子よりも養育者のもとで育った子の実行機能の方が高いことがわかりました。
その後の追跡調査で施設で暮らし続けた子は抑うつ気分、悲しい気持ち、社交不安といった負の感情が20歳を過ぎた頃に顕在化し,この影響で失業率は36%、心療内科受診率も43%も高くなったのです。
この結果は,乳幼児期の愛着形成がいかに重要かを示しています。早期の愛着形成が不十分だと非認知能力の発達を妨げ,将来にわたって負の影響を及ぼすのです。
安定した愛着を育てるために気をつけたい4つのポイント
安定した愛着を育てるためには,子どもの反応に対して養育者が応答的であることが重要です。東京大学の遠藤利彦先生は,安定した愛着を育てるためのポイントとして次の4つをあげています。
- 敏感であること
- 侵害的でないこと
- 環境を構造化すること
- 情緒的に温かいこと
(参考:遠藤利彦 2017. 赤ちゃんの発達とアタッチメント 乳児保育で大切にしたいこと. ひとなる書房 pp.93-94)
4つの要因のどれが一番重要か,というわけではなく状況や子どもの特性(働きかけをする子どもなのかなど)によって応答的かどうかは変化します。子どもの状態や反応を見ながら子どもに取って安心できる基地として養育者が存在することが大切です。
愛着関係は養育者側だけの要因で決まるのではなく,養育者と子どもとの関係性の中で育まれます。それぞれの要因が絡まり望ましい応答性は見えてきます。「これをすれば絶対に大丈夫!」といった”ただ一つの正解”というものはなく子どもの性格や状況に合わせて,子どもが「安心できる」ように,気持ちや行動を受け止めながら接していきましょう。
まとめ|愛着は非認知能力の土台
愛着(アタッチメント)は非認知能力を育むための大切な要因です。
6ヶ月を過ぎた頃から子どもは特定の大人との間に愛着関係を形成していきます。その時期に,応答的で温かい環境で育った子は安定した愛着が形成されます。反対に乳幼児期に十分なケアを受けられなかった子は愛着の形成が不安定になってしまいます。不安定な愛着は生涯にわたって負の影響を与える要因です。
愛着と愛情は似て非なるもの。その違いは不安や恐怖から回復するための安心感というポイントでした。子どもの性格や特性によって安心できる大人の対応は異なります。子どもの反応をみながら安心できる環境を用意していきましょう。
子育ての環境づくりについては,「【非認知能力を伸ばす】子どもが育つ環境づくりの考え方」も参考にしてみてください。
参考文献・サイト
中島義明 1999. 心理学辞典. 有斐閣
上野永子・岡村由紀子・松浦崇 2022. 保育とアタッチメント-幸せな人生につながる土台づくり. ひとなる書房
Sroufe, L. A., Egeland, B., Carlson, E. A., & Collins, W. A. (2009). The development of the person: The Minnesota study of risk and adaptation from birth to adulthood. Guilford Press.
遠藤利彦 2017. 赤ちゃんの発達とアタッチメント 乳児保育で大切にしたいこと. ひとなる書房
Spielberger, C. D., & Starr, L. M. (2012). Curiosity and exploratory behavior. Motivation: Theory and research (pp. 231–254). Routledge.
森口佑介 2021. 子どもの発達格差-将来を左右する要因は何か. PHP新書
McDermott, J. M., Westerlund, A., Zeanah, C. H., Nelson, C. A., & Fox, N. A. (2012). Early adversity and neural correlates of executive function: Implications for academic adjustment. Developmental Cognitive Neuroscience, 2, S59–S66.
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